なかいの昔ばなし ー「厳島神社と鏡」ー



厳島神社は、厳島湿生公園の中央にあります。

(この写真は2008年に撮ったものです。)
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こちらが現在です。

暫く行かなかったら、なんと!\(◎o◎)/!赤い鳥居が建ってました(*^^*)

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ここは、いたる所から清水が湧き出る湿生地なのです。





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この厳島神社にまつわる昔ばなしがありますので、ご紹介いたします。



なかいの昔ばなし 


厳島神社と鏡


二宮町の吾妻(あづま)神社の祭神は「弟橘媛(おとたちばなひめ」」で、

ご神体は「櫛(くし)」ですが、

この櫛は、西暦110年ごろのこと、

景行天皇の皇子の日本武尊の船が、相模灘で暴風雨にあい、

今にも沈没しそうになったとき、

生け贄となって

海神の怒りを鎮めようと海中に身を投げた弟橘媛の持物で、

それは、

旧山西村梅沢の漁師の網にかかったものだといわれています。



その後、この漁師の網元の夢枕に立った神が、

「過日、網で曳き揚げた「鏡」が、

いまは葛川上流の“泉の湧き出る神社”に安置されておる。

貴重な品故、厚く信奉するがよい。」と申されました。



そこで翌朝、網子を集めて昨夜の“お告げ”を伝え、

葛川流域一帯を隈なく探させたところ、

それは、北窪の「厳島神社」、別名「弁天様」であることがわかりました。



早速、神社に出向いた網元は、

神主に事の次第を話して氏子になりました。

そして、浄財を寄附し、

鳥居や賽銭箱を奉納するなど、大変熱心に奉仕していました。



すると、近年になく連日鰤の大漁が続くので、

網元は首をひねりながら、

(厳島神社の祭神は海の神だそうだから、

豊漁はこの神様のお恵みなのかもしれない)と考え、

それ以来、季節の新鮮な海の幸も供物に加えて供えるようになりました。



そんな折に、若い神主が着任しました。



そして、度々、宝物殿へ出入りしているうちに、

(厨子の中のご神体は、果たして何なのだろうか)と、

ある日、恐るおそるその観音扉を開きました。



その瞬間、神々しい金箔の輝きがあたりに流れ、

その鈍い光の中で「弁財天座像」が穏やかに微笑んでいました。

だが、若い神主は、神を冒瀆した後ろ暗さから、

その眼差しの奥の激しい憤りを感じとり、

慌てて扉を閉ざすと急いでわが家へ逃げ帰りました。



それから間もなく胸に痛みを覚え、

やがて激痛は全身に及び、

ついに部屋中をのたうち廻り始めました。



その騒々しい物音に驚いて駆けつけた家族が、

(これは、ご神体をのぞいた神罰だ)と直感し、

祝詞を何度も何度もくり返して奏上していますと、

痛みはじょじょにおさまって、もとの元気な体に戻りました。

「櫛」と「鏡」と「弁財天座像」という三つの素材を中心とした説話的なこの伝承は、“神社信仰の重要さ”を語るものといえましょう。



このほかにも・・・

○ 矢面の女狐(やづらのめぎつね)

○ 水争いと人魂(みずあらそいとひとだま)

               にも厳島神社(弁天様)がでてくるんだよ。              

(中井町HPより)




いつも


173.pngご訪問&イイネ!(人''▽`)ありがとう☆ございます173.png









by fujiryujin | 2017-07-04 02:06 | 伝承

気ままに撮った写真と気ままなおしゃべり


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